(03/03/2006
Updated) ホメオパシーとの出会いは、私がこのi-healingのプロジェクトをはじめる重要なきっかけになりました。
「こんな素晴らしい医学があったとは...」〜ホメオパシーとの出会い〜
あれは今から4年ほど前の夏のこと。大学時代にちっとも勉強しないで、授業中に買った下着の見せ合いっこなんかしていたクラスメートの伴梨香(以下バンリカと呼ぶ)と久しぶりに東京で再会した。
彼女は大手編集社に勤めた後、転職してラジオ局のディレクターになる。その後フリーのライターになって、某有名人のゴーストライターをしていたとこまでは聞いていたが、その日彼女が突然言った。
「私、ホリスティック医学、ホメオパシーの本を書こうと思ってるの。」
私は耳を疑った。あのバンリカが?彼女と医学ってものがまったく結びつかなかった。お店のクーラーが効き過ぎて異様に寒かった六本木のヤクザ経営?ってな雰囲気の喫茶店で、彼女がそのホリスティック医学とやらの説明を始めたのだった。実はここ2年間、東洋医学や、各ホリスティック医学に関するリサーチを続けてきたけれど、それを全部白紙に戻して、ホメオパシーについて書くのだと言う。とにかく、それほど素晴らしい医学なのだと言った。
ホメオパシーとは、同似療法という意味で、似たものが似たものを治す。世の中にあるあらゆる物質、例えば塩とか、草花とか、石とか、あるいは病原菌とかの中で、自分の今の状態に一番近いものを探し、それを服用すると言うのだ。
「私の性質に一番似てるのが病原菌とかカビとかだったら、ショックだわー」と思いながら聞いていたが、それよりもさらにマカ不思議なのは、それらの物質を水で何回も薄めて、そのうち物質としての粒子が残らなくなる状態まで薄めたものが、効果を発揮する。しかも薄めれば薄めるほど、効果が高くなるという普通の頭ではちょっと理解出来ない話。
私はそのころ、第二の人生を歩もうと日本での仕事もやめ、結婚もやめ(?)周囲があんぐり口を開けている間に、ニューヨークに飛び出して4年目。色々厳しい時期だった。
30も過ぎてから、二十歳そこらのガキンチョに混ざって英語学校に通い始め、生まれて初めて真面目に勉強して、希望通りの大学院に入り、インターネット・ビジネスを学んだ。
あの時期は、本当に勉強した〜と思う。とにかくここで一人前にならなきゃ親に顔向け出来ん!と思った。この時心に決めたのが、「私はこの人生で、二度とお金のために働かない」ということ。時間の無駄はもう出来ない。そう思ったから、おいしいアルバイトが入っても断って、タダでも勉強になる仕事はやらせてもらった。おかげで、生まれてはじめてオールAで卒業。
しかし、そんなことで、お金はすっかりなくなった。憧れのソーホーに住み始めたけど、6ヶ月で家賃が払えなくなり、その後ハーレムに移住。お金のないミュージシャン達が5人くらい集まって住んでいた家賃300ドルのアパートの一室に住んで、とにかくひたすら勉強したのだ。しかし卒業間近になった頃から、インターネットのビジネスの雲行きがいきなり危うくなって来たのだった。
就職にはほとほと苦労した。外国人の壁ってこんなに厚いのか?って思い知らされた。結局一年近く就職浪人。毎日レジュメを死ぬほど送ってるのに、箸にも棒にもかからない。私ってそんなに無能?と思い、相当落ち込んだ。
それからは、今から思うと死んでも一緒に働きたくないような某写真家のデザイン事務所に就職したものの、1日目に喧嘩してクビになったし。そのうち、日本の某会社のニューヨーク支店の立ち上げに関わったりもしたけど、パートナーのアメリカ人にメチャメチャ意地悪された。しかも、弁護士もからんで、日本の会社を利用して、お金の巻き上げにかかってきた。米国って怖い国だと思った。
そんな時に、あの9・11が起った。なんだかあの時のイメージは、夢と希望をもってニューヨークに出てきた人達の魂がいきなりプシューっと空気が抜けてしまったようにしぼんだ感じ。(その弱小会社が閉鎖したのは言うまでもなし。)
異様なディプレッション・モードだった。
その冬、祖母が倒れる。 東京に看病のため3ヶ月ほど帰国した。病状が持ち直したので、ニューヨークに帰ると、4年付き合っていたパートナーに二十歳の彼女が出来ていた。
そして、その後まもなく祖母が亡くなったとの知らせ。成田空港からお葬式に駆けつけたのは、式が始まる3分前だった。涙が止めどもなく出てきたのは、彼女を失ったからだけじゃなかったと思う。なんだか何もかも失ったような喪失感からだった。 一通りホメオパシーの話を終えたバンリカに、こんな近況をぽつりぽつりと語り始める。「私の人生にディプレッションなんて縁がないと思ってだけど、さすがに今回は参った」といった私に、「ホメオパシー試してみる?」との質問。
「え?だって私なんでもないのよ。ただ落ち込んだ〜って思ってるけど、毎日それなりに元気だし。病気じゃあないのよ。」そのときのバンリカは、病気ってのは西洋医学のいう、病名のついたものだけが病気ではないこと。とにかく気分が晴れない、やる気がな出ないなどのことを話せば良いのだと言いはる。腕利きのホメオパスを紹介してくれるっていうし、少しでも元気になるなら、行ってみるか。ほんとうにそれくらいの気持ちだった。
(次回につづく...) |